もふもふ大好き法師さん
都には白い守護獣がいる。
そんな噂を頼りに上京したが、いたのは都を守る白い陰陽師だった。
腕はいい。在野の法師陰陽師が敵うところではないだろう。涼やかで浮世離れした姿も、万人に等しく向ける笑みも守護を一手に担う陰陽師として相応しい。本来なら手の届かないところにいる貴人と言葉を交わすような間柄になった理由はさっぱりわからない。突如現れて、やけに馴れ馴れしく話しかけてきたと思ったら次の日から顔を見ない日はないといった有様だ。
都随一の陰陽師に伝手ができたと喜ぶべきだろうが、白い守護獣に会いたくて播磨を後にした身としては正直煩わしい。噂を集める暇もないほど仕事を回してくるのもどうかと思う。
それでも獣に会いたい一心で集めた噂によれば、獣は月のない夜に駆けるという。月のない夜は物忌と称して外出を控える在野の陰陽師も多いらしい。
良いことを聞いたと月のない夜に嵐山を訪れること三度、星が瞬く空を悠々と駆ける光に出くわした。
なるほど、尋常ではない気配だ。魔性と恐れられても良いだろうに、都を守護していると噂されるのは安倍晴明が作った結界をなぞるように駆けるからか。などと思いながらうっとりと夜空を眺めていると結界を外れた光が一直線に近づき始めた。
闇に包まれた山が明るさを増し、風が吹く。
真昼かと疑うほどに周囲が明るくなった瞬間、突風に吹かれた体を立て直した道満は光の中に夏空を思わせる青い目を見た。
「奇遇ですね」
声と共に目が細くなる。聞き覚えがあるようなないような、と他人事のように考えていると光が震えた。輝きの飛沫が方々に飛んで消えていく。
あとに残ったのは大きな獣だった。狐に似た獣は白く輝く尾をばさばさと振って道満を見つめている。
「夜中にひとりで山中を訪れるなど感心しません。いえ、道満法師ともあろうお方であれば何事もないかと思いますが、万が一ということもあります」
普段なら親しげな声の様子や名を知られていることに疑問を抱き、距離を取っただろう。だが今は違う。胸は早鐘を打ち、獣の言葉も耳に入らない。
なんと美しい獣だろう。と道満は思った。光を放つ白い毛といい青い瞳といい、この世のものとは思われぬ美しさだ。揺れるたびにそよ風をもたらす大きな尾や胸の辺りなど触れたら手が埋まるのではないかというぐらいにふさふさとしている。
触りたい。触りたいが機嫌を損ねて二度と会えなくなるのは嫌だ。言葉を解すなら丁重に頼めば少しぐらいは撫でさせてくれるのではないか。そんなことより尻尾についた枯れ枝がせっかくの白い毛並みを損ねてしまっている。枝を取るという名目ならちょっと触っても許してもらえるのではないか。だが、こんなに神々しい生き物が下賤な人の手など借りるものだろうか……
湧水のごとく湧く思いに囚われたまま立ち尽くす道満に獣が首を傾げた。
「道満法師どの……道満どの。聞こえていますか?」
名を呼ばれていると気づくには、少しの時が必要だった。いつのまにか形よく座った獣は上目遣いで道満の様子を窺っている。
「……もちろんです。聞いておりますとも。聞き逃したりは致しませぬ、ええ」
神獣の類であれば名を知っているのもむべなるかな、とうわのそらでひとり納得した道満は揺れる尻尾に引っかかったままの枯れ枝に目をやった。
名を呼ぶぐらいだ。枝を取るぐらいなら許してくれるのでは? そんな思いに駆られて道満はできるだけ落ち着いて、冷静に言葉を選ぶ。
「あの。枯れ枝が尾に引っかかっております」
白い頭をふいとそらして尾を見た獣は再び道満を見上げた。
「ああ、本当ですね。よくあるんですよ……良ければ、取ってもらえるとありがたいのですが」
思わぬ言葉に道満はえっ。と呟いて固まってしまう。まさか獣から申し出があるとは思っていなかった。それでも無遠慮に手を出すことは憚られて、道満は恐る恐る尋ねる。
「本当によろしいので?」
「はい」
「貴方さまは都の守護を司る高貴なお方と聞いております。拙僧のごとき下賤の手が触れては障りがあるのでは……」
「障りなどありませんよ。それに、生きとし生けるものに貴賎はありません。違うのは、物言う者かそうでないかだけでしょう」
道満は神々しさに加えて寛容な心を持つ獣に感嘆しつつ獣のそばに膝をついて枯れ枝を取った。白い毛を汚す草や葉のかけらをそっと払うと、柔らかな毛が手のひらをくすぐる。
「ありがとうございます」
獣はゆらゆらと尾を振って道満に頭を下げた。そこはかとなく漂う薫物の香りに既視感を覚えた道満だが、そんな些細なことよりも次に会えるかすらわからない獣と一言でも多く語らい、あわよくばもう少し毛並みを撫でさせてもらえればという思いが強かった。というかそれしか頭になかった。
「道満どのは星見ですか? お邪魔をしているのなら今すぐに立ち去りますが」
わずかに首を傾げた獣は青い目で道満を見つめている。普段なら言葉を濁すところだが、と悩んだ道満だが正直に打ち明けることにした。
「……都の守護者は、月のない夜を駆けると噂に聞きましたので」
ふむ、と獣は人のように唸る。機嫌を損ねた様子もなく、続きを待っているようにも思えたため道満は話を続けた。
「そも、拙僧が播磨を後にしたのは都を守る貴方さまにお会いしたい一心にございました。お会いできて嬉しゅうございます」
言ってしまって思ったが、人の子が会いたいなどと不敬ではなかったか。不興を買うのも致し方なし、その時は詫びて都を去ろうと考える道満に獣は目を細めた。
「そうでしたか。なんとも嬉しい話ですね」
ぱたぱたと揺れる尾から薫物の香りが漂う。
「夜半に山中まで足を運ばずとも、私は近くにおります。いつでも会えますよ」
獣の優しい言葉に道満は柄にもなく胸がいっぱいになった。都に住まう全ての者のそばにいると獣は言っているのだろう。美しく寛容で慈悲深い獣が守る都が美しくないのは残念だが、人の心が織りなすあれこれに関わればそれこそ穢れてしまう。獣は今のままで良いのだと道満は考えた。できればもっと喋ったり撫でたりしたいのだが、人が関わるべきではない。
固い決心を胸に、道満は腰を上げた。未練を多大に抱いたまま獣から数歩離れると深々と頭を下げる。
「このような半端者に気づいただけでなく、お立ち寄りいただきありがとうございました」
「戻りますか」
獣はにこにこと笑うような顔で道満に語りかける。
「はい」
行く先を気にかけてくれる獣の心が道満には嬉しかった。播磨を出て良かったとしみじみと思いながら頷くと、音もなく立った獣が思わぬ提案をした。
「よければ、近くまで送りましょう」
白い脚の一歩でそばに寄り添った獣は道満を見上げる。
「これから山を下るのは少々難儀かと。私も戻るところだったのですよ」
「……いえ、それは」
隣を歩いてくれるのか、まさか背に乗せてくれるわけではないだろうが、そこまで気にかけてもらうのは気が引ける。もちろん、喜んでと返事をしたいところではあるが、都を守る大任を負う者が個人を気にかけるべきではない。
「山を下るのは慣れております。灯りも式神もございますので……」
「そう言わずに。ここから洛中であれば一飛びです。夜が明けるまでに戻れますよ?」
獣は朗らかにいうと固辞する道満の衣を咥えて軽く引く。そこまで言われてなお断るのは逆に失礼だ。こんな機会は一生に一度かもしれぬと道満は腹を括る。
「では……お言葉に甘えてもよろしゅうございますか」
「もちろんです」
道満の言葉に耳を立てた獣は地に伏せると、どうぞ。と言って道満を見上げた。先程の言葉と合わせて考えると、背に乗せて、しかも空を駆けてくれるらしい。空を駆ける獣に乗った経験はさすがにない。馬に乗るように背を立てていては振り落とされるだろう。当然、体を伏せてしがみつくことになる。
伏せたまま尻尾を振る獣を前に呆然と道満は思う。実は獣に噛み殺されていて、これは最期の幻ではないのかと。だが、白く輝く毛並みには汚れひとつなければ痛みもない。ということは夢でも幻でもないらしい。夜が明けたら死ぬのでは? 良いことのなかった半生にせめてもの慰めを与えてくれているのでは? と埒もないことを考える道満を眺めていた獣は何を思ったのか、ああ。と納得したような声を上げた。
「掴まる物がなければ滑り落ちてしまうかもしれませんね」
ほのかに輝きを発していた白い毛の、特に首の辺りに光が凝る。燃えるように輝きを増した中に青白い桔梗紋が見えた気もしたが一瞬で消えてしまい、獣の首には白い綱が現れた。
不思議なことに、白い綱の両端は見えない。かといって輪になっているわけでもなく、獣の首から背にかけて手綱のようにだらりと下がっている。
「これで大丈夫でしょう」
さあどうぞ。と言わんばかりの獣の様子にそれでも道満は戸惑った。
「あのう……拙僧、人よりもいささか体が大きく、その」
重いのですが。というよりも早く獣はなんだそんなことですかと口を挟んだ。
「人の重みで潰れるような脚で空を駆けることなどできませんよ」
言われてみれば確かに。と妙なところで納得した道満は意を決して獣の背にまたがった。脛のあたりや白い綱を握る手に触れる毛に、やはり儂は夜が明けたら死ぬのだと思う。それぐらい信じられないことだった。
「山を離れたら身を伏せてください。落ちてしまうと追うのが難しいので」
うわのそらで頷く道満を背に乗せた獣は重さを感じさせない動きで立つと、強い風を巻き起こして空へと駆けた。
都を守護する者の務めとして、都の陰陽師は貴賤問わず把握すべきである。などともっともらしい口実で都に流れ着く陰陽師を検分していたが蘆屋道満は実に見どころがある。しかも見目が良い。声も良い。上辺だけの笑みは蕾が綻びるようだしそっけない態度は真冬の北風のごとく。
先の世でごく一部の婦女子が嗜む遊戯では面白い女、とか言われる感じになるらしい。今まで出会ったことがない人物であるといった意味合いだが、気持ちはわかる。そこから興味を持ちあれこれと関わっていく行動原理もわかる。昔も今もその先も、人とは変わらぬものだと感慨を抱いていたが、その遊戯では「面白い女」とやらもこちらに興味を抱き、交友を深めていくことになっていた。
蘆屋道満はいつでも他人行儀な笑みを浮かべて心にもない言葉を返すだけで一向に交友が深まらない。この私が自ら出向いているのですよ、と思うのだがさすがに口にはしない。したところで蘆屋道満は痛み入りますだとか光栄にございますとか心にもない言葉を並べるに決まっている。
遊戯の詳細まではわからないので何をどうすれば交友が深まるのかは謎のままだ。詳細を把握できないものかと試行錯誤しているうちに月は巡り、二度ほど結界の確認を怠った。好きで都の守護などしているわけではないが、せっかく手をかけて作った結界が綻びるのは嫌だったし、綻びが発覚して愚にもつかぬ陰口が増えるのも面倒。ということで空から結界の見回りなどをしていたら山中に佇む蘆屋道満を発見した。
山というのは中々に厄介で、持ち主とその眷属が棲まういわば異界だ。妙なところで目をつけられてはたまらないと結界の見回りを終えて直行したところ、蘆屋道満は表情豊かに播磨を発った理由を語ってくれた。
「私」に会いたかったというのは初耳だが、あのそっけない態度は照れ隠しだと思えば納得がいく。言葉のひとつひとつも実に心がこもっており、興味がないふりをしていただけのようだ。
唯一、控えめなところだけは変わらない。洛中まで送るというのに随分遠慮をして、今にも山を下りそうな勢いのところを引き留めて背に乗せた。
これで少しは打ち解けてくれるだろう。「面白い女」の詳細を調べていると日常とは異なるいべんととやらを経て深い仲になるらしく、これがいべんとのひとつであったかと得心したのだが、洛中に戻り屋敷の庭に降ろした道満の表情は「すさまじきもの」のひとことだった。
「晴明……どの……?」
「不作法で申し訳ありません。狐の姿だと衣は脱がねばなりませんので」
黒い瞳を猫のように丸くした道満に断ると、晴明は式神に持たせた白小袖に袖を通す。夜も明けることだし朝餉にでも誘ってみようかと細帯を結びながら考えていた晴明は動揺した道満の声音に顔を上げた。
「……あの、守護者さまはどちらに」
心を隠すような笑みはどこへやら、困惑して周囲を見回す様子は大切なものをなくした童のようだ。それにしても守護者さま、とは。
「ここにおりますよ」
随分と丁重に扱ってくれるものだと嬉しく思いつつ返事を返した晴明だが、道満は怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。
「いえその……拙僧がお探ししているのは、神々しくも慈悲深い、空を駆けるお方でございます」
「はい」
「つい先程、お庭に降り立ちまして……ああ、晴明どのであればご存知かと。拙僧のようなものを背に乗せて駆けてくださったのです」
「ええ、知っていますよ」
嵐山から洛中までを駆ける短い間にも道満は重くはありませんかと気の毒そうに尋ねてきたのだから。たしかに常人の重さではないが晴明にとっては重石にすらならないし、取るに足らないことを気にかける可愛いところもあるのだと思わぬ一面を知れて楽しかったのだが、ふと晴明は尋ね人をするかのような道満の口ぶりに違和感を覚えた。
「御礼もできぬまま、かのお方は光に消えておしまいになりました……もし、お庭でお会いになる機会がありましたら法師が礼を言っていたとお伝えを……」
「待ってください」
途方に暮れた様子でぽつぽつと呟く道満を留めて晴明は庭に着いてからの会話をざっと思い返した。
道満は明らかに狐と「安倍晴明」を区別して語っている。確かに姿は違うが声も薫物も同じだし光の中から出てきた素裸の男に疑問すら抱いてないとかおかしくない? それに私、狐の時は衣を脱いでるって断ったよね? と自問自答しながらも晴明は覇気のない道満を見た。
「ええと、そのですね。ここは私の庭です」
はあ。と気のない返事を返す道満に可能な限り理路整然とした説明をしようと晴明は言葉を続ける。
「……そもそも、この庭は神域に属すものです。結界を講じて四方を切り離しているのもそのため。つまり、持ち主しか立ち入りは不可能です」
「都の大結界を構築した陰陽師であれば神域、異界に庭を賜るのも不思議はございませぬな。かのお方の御心遣いでございますか」
いやだからそれは私ですし庭は母から譲られたものですが。という言葉をなんとか飲み込んだ晴明に道満がいつもの笑みを浮かべた。どうやら心の整理がついたらしい。
「羨ましいお話です。拙僧には手が届かぬ域にございますれば……」
いや、やればできるか。などと負けん気もあらわにぶつぶつと呟く道満の様子は普段ならさすがは私が見込んだ陰陽師と嬉しくもなるのだろうが、今はちょっと違う。これは理路整然とか言ってる場合じゃないと判断した晴明は方針を切り替えた。
「私は狐の子です」
すっぱりと言ってみたが道満はさもありなんとばかりに頷くだけだ。
「口さがない者どもが噂しておりますな。狐も人も、言葉を解すのであれば大した違いはありますまい。しかも狐は美しく愛らしいのですから、人よりもよほど上等でございます」
陰口に対する慰めとしてはとても良い言葉だと思う。だか晴明は慰めなど全く必要としていない上に事実を述べただけであり、道満も心から思っていることを口にしただけのようだ。
……嵐山の山中から庭に至るまでの会話や様子から鑑みるに、蘆屋道満は人よりも獣に美を見出す傾向があるらしい。しかも白狐と安倍晴明は別の個体だと信じきっている。晴明は事実を認識するとともに、普段どれだけ軽くあしらわれているのかを再認識してちょっとだけ落ち込んだ。
獣と入れ替わりに立っている声音も薫物も同じ人物を同一の存在だと認識しないということは、片方が意識の外にあるということだ。
だが、そんな些細なことで気を落としていては都の守護者などやっていられない。晴明は気を取り直して言葉を続けた。
「人も獣も大した違いはないという持論には大いに共感するところですが、私が言いたいのは、あなたを乗せて庭まで駆けたのは、私だということです」
道満の反応は驚くほどに早かった。にっこりと心にもない笑みを浮かべると、言う。
「安倍晴明どのとは思えぬお戯れにございますねえ」
目の前で人に戻ることができれば話は早かったのだろうが、生憎と体のかたちを変える時は光を放つ仕様になっている。狐だと何もしなくてもぼんやり光るし何かすればさらに光る。感情が高ぶれば色も変わる。人として暮らしているのはそのせいだ。などと言ってもお戯れの一言で終わってしまう。さてどうしようと思案して、晴明は狐の耳を出した。
こんな中途半端な状態になったことがないので気持ち悪いことこの上ないが、結果としては上々だ。無駄に光ることもなければ道満の視線も狐耳に注がれている。これで納得するだろうと思っていると、震え声で道満がつぶやいた。
「お話は、真にございますか……」
「ええ」
とっておきの笑みで肯定した晴明は小さな小さな、それこそ狐の耳でなければ拾えないだろう声を聞いた。
「か……」
か? と首を傾げた晴明に大音声が叩きつけられる。
「解釈違いにございますれば!」
あまりの声の大きさに怯んだ晴明が止める間もなく、道満は脱兎のごとく駆け出していた。方角からすると背後の母屋に向かっているようだが、庭の外に出るには晴明が構築した結界を踏破しなければならない。
そばに控える式神に朝餉の支度を命じて晴明も母屋に戻る。と言っても道満が向かった「母屋」とは逆方向だ。道満は聞いていなかったようだが、ここは四方を結界で囲んだ異界。目に見える方角が正しいとは限らない。
朝餉の支度が整う頃にでも迎えに行けば好感度とやらの数も増すだろうとろくでもない企てを目論む晴明の思惑をよそに、道満は自力で母屋の場所を特定した。とはいえ、あくまで場所の特定に過ぎず、結界を踏破するには至らず階の前で足止めを食っている状態だ。
非凡な才を褒めるついでに朝餉に誘おうと簀子縁に顔を出した晴明に、乱れた髪を整えながら道満は憎々しげに呟いた。
「……出られませぬが?」
「四方を結界で切り離していることはお話しましたよ? ですが」
母屋の方角を特定するとは素晴らしい才です。
晴明はそう言ったつもりだったが、道満の大きな声でかき消されてしまった。
「この……ひとでなし!」
人の耳で聞いてもかなりの音量だ。狐耳で二度も聞いたら辛かったろうなと内心思いながら晴明は生まれて初めて面と向かって投げつけられた悪口を受け流した。
「そうですね。人ではないので」
怒りだとか憤りだとか、そういった類の感情に震える道満も美しい。白い花弁に朱が差すごときかな。と年寄りくさいことを思いながら晴明は階の結界を解除した。
「こちらにどうぞ、ちょうど朝餉の支度が整いました。食べていきませんか」
思ったような展開とは違ったが、食事に誘うことはできた。これでいべんとも無事完了ですねと満足な晴明に対して道満は納得いかない様子で階に足をかけた。足取りが禹歩の様相を呈しているのは納得とは程遠い証拠なのだが、晴明はあまり気にしていないようだった。
攻略される側ではなく、する側なのだと晴明が気づくのは遥か先。星見台にして人理の砦に召喚されてからであり、ヌルゲーの難易度を無駄に上げてどうするだの縛りプレイにも程があると指摘されて何ひとつ反論できない晴明を冷ややかに眺める道満の姿もまた、先の世の話である。