ハルアキラとドーマンチャン

今日はよろしくお願いします

お願いします

ハルアキラさんは本誌で「ドーマンチャンが占う今月の運勢」を連載中ですが、様々なメディアで猫好きが話題になったのが連載のきっかけでした

ああ、そうでしたね

恋人は、奥さまはという質問にひたすら「猫です」とお答えになっていましたが……

ええ。ドーマンは嫁なので

仲が良いんですね

一概には言えませんね。ドーマンは気まぐれなところがありますし、これで中々手厳しいんです

そうなんですか? ドーマンちゃんはおとなしくて人懐っこくて、撮影も楽だと編集部でも話題ですが

猫をかぶっているんです

猫だけに(笑)

はい。ドーマンは自分が美しいことを知っていて、ちやほやされるのが好きなんです。だから写真も好き(笑)

たしかにきれいですよね。緑の目も白と黒に分かれた毛並みもふわふわツヤツヤで……メインクーンですか? それともノルウェージャンフォレストキャット?

そんな大層な猫ではありませんよ。道端でぼろぼろになっていたところを拾ったんです

捨て猫だったんですか?

どうでしょうね……今にも死にそうだったので連れ帰って、ずっとふたりで暮らしています。ドーマンがいない生活は考えられません

猫と暮らしている方は皆さん同じようなお話をされますが、距離感は様々です。ハルアキラさんとドーマンちゃんはどんな風に過ごしているんでしょうか

つかず離れずというところですが、朝は必ず起こしてくれます。一緒に寝ているので。仕事中は……お掃除ロボットを動かして自宅の見回りでもしているんじゃないでしょうか

お掃除ロボット(笑)上に乗ったりするんでしょうか

あんな重い猫が乗ったらお掃除ロボットが止まりますよ……おまえね、飛び乗るのはやめなさい。重いんだから

可愛いですねえ

はい。私の……こらドーマン、やめなさい。手を出すのはやめなさい

(笑)ドーマンちゃん、ハルアキラさんの口を押さえようとしているように見えますが

都合が悪いことを言われたくないんですよ

やっぱり仲が良いんですね。最後に読者の皆さんから質問が届いているのですが、お答えいただいても良いでしょうか

プライベートに関すること以外であれば大丈夫です

では、一番多い質問を……「ドーマンチャンが占う今月の運勢」はドーマンちゃんが占っている、ということでしょうか?

はい。私は月単位の占いが苦手なんです。そういうのはドーマンが得意なので

えっ……占い師の猫だから占いも得意、ということでしょうか……?

そういうことにしておいてください

ああ! そういうことですね! 今日はありがとうございました。最後に、ドーマンちゃんと一緒のの写真を撮らせていただいても良いでしょうか

はい。後でデータを送ってもらえると嬉しいです

 

「道端でぼろぼろになっていたところを拾った。そこは間違いではございませぬ。ですが、瀕死になるまでぼろぼろにしたのはご自身であることは伏せておられましたな。さらに、千年ほど前ということも黙っておられた……申し開きはございますか。「ハルアキラ」さま?」

くぐもった音が一定のリズムを刻む。

並外れて大きな白黒の猫が、長い尻尾をソファに叩きつけている音だ。

「今の世でそんなことを言ったらヤバすぎですからね。黙っていました」

「……昔でも十分ヤバすぎかと思いますが?」

大きな猫の隣では「ハルアキラ」と名乗る占い師がくつろいだ様子でタブレット端末を操作している。

愛猫家として知られる占い師だが、メディアに登場した当初は実績よりも華やかな見た目が話題となった。だが、プライベートを一切窺わせぬ隙のなさに反して恋人や配偶者の存在を問われる度に猫だと答える姿がSNS上で話題となり、今では飼い猫の「ドーマン」共々、猫雑誌や番組に顔を出すようになった。

占い師としてはメディアに顔出しすること自体を渋っていたらしく「これぐらいが丁度良い」と別件の取材で語ったことが知られている。

「夜にろくな灯りもなく、獣や野盗が徘徊しては命を奪うような時代ですよ? 言うほどヤバいとは思えませんが」

「食い殺されるならともかく、体の大半を食いちぎっておいて共に生きるか眠るかを選べと迫るのはかなりヤバいかと。主に精神状態が」

「そう……ですかね? あっ、写真が届きましたよ。今回の写真は表紙に使う予定だと聞いていますが」

「なんですと?」

不機嫌を示すようにソファへ尻尾を叩きつけていた大きな猫は、飼い主の腕と体の間に頭を突っ込んでタブレット端末を覗き込む。

「……この、アップの写真などどうです? 目が実に美しい」

「せっかくなら全身が写ったものが良いですなぁ。読者の皆々さまに拙僧の美しい獣ぶりを知っていただきたく存じます」

「でもおまえ、全身が美しく撮れているものはこれしかありませんよ。私が一緒ですが」

「……猫雑誌の表紙に人が写り込んでいるなど見たこともございませぬが?」

「実を言えば、表紙の話は前々から打診を受けていました。もちろん「ドーマンチャン」と一緒にですが……うん、いい写真ですねこれ」

「ンンン……」

「もちろん、出版社の皆さんが決めることですけど。この写真ならいいと意見を添えておきましょうねえ」

「やめよ! ええい手を離せ!」

「もう送ってしまいました。いやあ、楽しみですねえ道満。っておまえすっごい毛が逆立ってますけど?」

「当たり前であろうが! この古狐が!」

「私が古狐ならおまえは化猫です。式神も千年生きれば妖と同義……なんだかいいですね。古狐と化猫の式神。アニメとか漫画の設定にありそうで」

妙に浮かれた様子で頭や喉元を撫でる飼い主の手から逃げた猫は床に降りると飼い主を睨む。

「……晴明どの」

「どうしました、改まって」

「拙僧、今夜から別の場所で寝かせていただきます」

「え」

「朝も起こしませぬ」

「えっちょっと待ってください道満」

「付き合いの長さに免じて、食事は用意して差し上げましょう。お好きな時間にお食べになるとよろしい」

「それはありがとうございます。ですがせめて、朝は起こし……」

「知りませぬ。勝手になさいませ」

飼い主の言葉を遮った猫はふいとそっぽを向いてリビングを去る。

不機嫌そうな猫の尻尾を成す術もなく見送る飼い主は、猫の機嫌を恐ろしいほど損ねたことを悟ってただ呆然とするしかなかった。

──占い師と飼い猫が表紙を飾った号は紙媒体としては破格の売れ行きを記録し、またお願いしたいと占い師に話を持ちかけた担当者はこんな返事を受け取った。

「うちのドーマンをひとりで表紙に起用してくれた後であれば、いつでもお受けします」

近頃、占い師のSNSは飼い猫の写真が全く掲載されず更新もなく、不機嫌な嫁もしくは恋人の機嫌をとる方法を知りたい旨の書き込みが残されているため、ハルアキラ氏は愛猫のドーマンチャンに愛想を尽かされたらしいとSNS上でもっぱらの噂である。