メリットとデメリット

かつての弟子が持参した契約書は、これで契約を結ぶ莫迦がいたら見てみたい。そんな興味をそそられるものだった。

異星の神とかいうあからさまに怪しい召喚主に、不利なことしか書いていない契約書。心底嫌そうな顔で座に訪れた弟子は、契約に応じた結果を「見て」ほしいのだと申し出た。

いや断りなさいよと思ったし言いもしたが、反英霊かつ悪属性であり天邪鬼な弟子は何やら難しい顔をしている。どうやら、契約書には記載されていない条件を提示されているらしい。そういう契約を詐欺というんですと諭してみたが、そんなことは百も承知だと素っ気ない。それもそうだ。ここまでわかりやすい詐欺に引っかかるようではこの私の対を張れるわけがない。

契約書に明記されていない事柄は弟子にとって非常に魅力的だと思われる。だが、契約内容に釣り合うものかといえばそうでもない。決めかねて「顔も見たくない」師を訪ねた、そんなところか。

案の定、契約に応じた結果を知りたいと弟子は切り出した。

近頃のトレンドは人理焼却、いずれ真っ白に漂白されるが今のところは燃えており、多くの英霊が星見の館に馳せ参じては消化に勤しんでいる。そんな中で人理の敵に立つ契約を持ちかけられた弟子を止めるのはごく普通の流れだと思う。何故手塩にかけて育てた弟子が人理の敵として憎まれなければならないのか。性格に難があるのは確かだし、生前も散々暴れて去っていったが、人理の敵にするために育てたわけではないのだが。

可愛い弟子の頼みだ。甘えてくることなど五百年に一度あるかないかなので、師として快く応じた。ついでに積もる話でもしていけばいい。そんなことを考えながら先を見ると、あまりよろしくない未来が見えた。

壺に詰められてゴミ扱いされたり、都合よく使いっ走りにされた挙句諸悪の根源だとばかりにぞんざいに扱われ軽んじられる弟子を見たい師匠がどこの世にいるというのか。

だから率直におすすめしないと告げた。良いこともなくはないが。そう付け加えると、良いこととは何かと弟子が食いついてきた。そこに食いつくのかと思ったが滅多にないことなので答えてやった。

服が増えるようだと。

弟子は鸚鵡返しに呟いて何やら考えていたが、すっくと立ち上がった。手には契約書を握っている。あの手で握っても破れないとは相当丈夫な紙だ。一枚欲しい。

「左様でございますか。契約して参ります──では」

止める間も無く弟子は姿を消した。図体の割にすばしこいのは今も昔も変わらないなどと考える間もない。私は間抜けな声を発するだけだった。

「は???」

その後は皆が知る通り。半ば客寄せパンダのような扱いを受けているが、本人が楽しんでいるなら私から言うことはない。

浴衣似合ってますよ、朝顔が特に良い。リンボがいるのなら羅刹王の焔もまた一興。白と黒、朝と夜。陰陽を体現したような組み合わせはうちの弟子ならではです。夏の装いも良いですね。ただ、白い熊がフェイクなのか本物なのかは少しばかり気になるところです。氷菓子も大きすぎます。腹を冷やさないように。

……ん? へえ、ダイビング。そういうものもありますか。あのような大きな海の生き物は私たちが生きた時代には知られていなかったものですね。

うーん……契約を受けた理由がちょっとばかり、わかる気がしますねえ。平安の世では衣替えなど特権階級にのみ許されたものでした。道満は出入りする場所が場所ですので、法師陰陽師としては破格の衣装持ちでしたが、己の好みに応じて装束を誂えるのは楽しいことこの上ないでしょう。

うん。私から言うことは何もない。

──道満には、ですがね。